通り過ぎ

  神戸から別府行きのフェリーに乗る。 今まではこのフェリーは介護帰省の足であって、 あまり晴れやかな気持ちで乗ったことはなかった。今回は純粋に船旅を楽しめる。同じ時間に出る同じ船なのにこうも変わるもんやな。
 朝、松山港着。何度も往復したのにデッキから港の景色を見るのは初めてだ。今までは船底の車庫で港に着くのを待っていたから景色を見たことがなかったのだ。
 朝の港の景色は美しい。 雨に洗われ緑が鮮やかだ。ああ、この匂い。みかんの花の匂いだ。そーか。もう5月だもんな。
 雨雲が西から流れてくる。山の向こうに雲がたれ込めている。あのあたりにはニシオカ先生がいるんや。あっちの山のあたりにはナカノが住んでいる。
 いつもの港で降りずに、だれにも告げずに別府へむかう。
 ヘンな感じだ。(5/5)

 

ウーマンリブ

  フェリーでは偶然タケコと乗り合わせた。
 たしか大阪に行くって言ってたよなぁって思って、前夜に確認したら同じ船だった。驚かせるにはあまりに偶然で気持ちが悪いのであえて事前に「白状」した。おみやげに薄揚げをリクエストしたら、せんべいやうどんまでもらってしまった。
 船でビールを飲みながらだべったり、だらだら食べたり本を読んだりして過ごすのはなんとも楽しい。
 夜中、来島海峡を通過する。しまなみ海道を見たいと思い、デッキに出たら、ひさしぶりの満天の星。この橋をなんどドライブしたことか。
 大阪でタケコに連れられてウイメンズクリニックを見学する。有志が集まって女性のための医療やカウンセリングをしている。再開発の市営団地の一角にある。
 わたしは恥ずかしながら女性の身体の仕組みについてあまり理解していない。子宮筋腫があっても医者任せだし、筋腫ってどういう風になっているのかイメージがわかない。
  クリニックを見学して、まず身体の仕組みを知ることが大切だと思った。自分で理解し、疑問を整理し、相談、診療という道筋をたどることが結局は自分の身体を守る納得できる医療につながるのだろう。
 ああ、いい施設があるなぁ。こーゆーのは大阪らしいよな。壁には乳ガンで乳房を切除した女性が両手を広げて空を仰ぐ写真が飾ってある。 その写真の力強さはこのセンターにふさわしい。
 説明してくれたおばちゃんも大阪人らしい。 年代はキョーコさんや怪僧天海と同じくらい。フラワーチルドレン世代ってとこかな。
 写真とおばちゃんとキョーコさんのことを考えていたら「ウーマンリブ」という言葉を思い出した。「ウーマンリブ」って、「ボイン」とか「オールドミス」とか「モーレツ」とかと同じくらい死語だと思ってたけど、今は逆に新しいかな。
 「フェミニズム」っていうとなんかちょっと分別くさいけど、「ウーマンリブ」の語感ははたくましい。
 流行らへんかなぁ。(5/9)

 

有名人

  自転車で日赤にニシオカセンセイのお見舞いに行く。
 交差点でユウコさんを見かけ声をかける。
  ギョッとして口をぱくぱくしている。 わたしゃユウレイか!
 じゃあまたね、と いつもどおりの挨拶で別れる。
 センセイの所へ行く前に電話を入れようとも思ったのだが 気を遣われてもと、直接フラリと立ち寄ることにした。
「センセイ!びっくりして心臓に悪かった?」
「いやぁ、そろそろアンタが来る頃じゃと 思っとったわい」
 入院中のセンセイはちょっと気の抜けた病人特有の顔つきになっていたけど、少し話すと見る見るしっかりしてくるからたいしたもんだ。
 センセイは入院中も新聞をチェックしていてまちづくりの話題もふってきた。
 テーブルには小川洋子の「世にも美しい数学入門」が置いてある。若いなぁ…。
 お土産に持っていった最中を「おいしいですよ」と、なかば無理矢理すすめて、今度遊びに行く日を決めて帰る。
 早く元気になって欲しい。(5/18)

 

死亡説

  夜、教科書おじさん達との話し合い。
 いつもどおりカバ園長はチョコパ、Tさんは天ぷらうどん、 Yさんはホット、エッちゃんはいきなり焼酎、タケコはやきうどん、私は最近お気に入りの野菜炒め定食…と、みんなバラバラの注文。個を大事にするのがここでも徹底している。
 ムシャムシャズルズル食べながら、韓国の市民団体が…、なんて話すのもいつも通り。
 カバ園長がいつもの通り口をとんがらかせて話を遮る。
 「ちょっといいですかぁ…」
 そら来た。この会議のやりとりもすでにひとつの型となっている。キャラ設定といい、もはや古典芸能の域に達しつつある。
 カバ園長はこともあろうに、エッちゃんのおじさんMさんのことを
「今日、新聞のお悔やみ欄でMさんの名前載っとったでぇ」と言う。
 焦るえっちゃん。
  「ウソッウソッ!伯父がっ!?聞いてないよっ!」
  まぁ、そのうち連絡あるやろ、と話題を一方的にうち切る。おいおい。
 翌日、通りを歩いていると向こうから話題のMさんがやってくる。
 「アンタまだおんのか?!」
 「あ、Mさん生きてる!」
 「なにが生きてる、じゃ。失礼な!」
 「カバ園長がMさんお悔やみ欄に載ってたって 死亡説流してたよ。ホンマや、ちゃんと足もあるワ」
 「アホか。足がないんわカバ園長のほうじゃ!」
 確かにカバ園長は短足だ。 (5/19)